***多少ねたばれあり***
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(「アモーレス・ペロス」)監督の「21グラム」を新宿で観た。「主演3人がオスカーに絡む快挙」とか言ってるし、「とろ」は来日するし、金曜の夜だし…ではりきって早く劇場へ行ったのにがらがら。あぁ〜。なんで?

「突然の交通事故で夫と娘二人を失う女(ナオミ・ワッツ)」「その事故を起こした前科者で宗教に没頭する男(ベニチオ・デル・トロ)」「事故死した男の心臓を移植される男(ショーン・ペン)」の3人をめぐるストーリーは果たして評判どおりずっしり重かったり痛かったり深かったりしたのかというと…それほどでもない。友人もそんなことを言っていたが、私たちには重さの耐性がついてしまっているようなので健全な感性の方にはじゅうぶん感動的に重いのかもしれない。

私から見れば3人がそれぞれ自分の問題に動かされているとはいえ、3人ともエゴセントリックというか何だか勝手な理屈で行動しているし、それも3人とも結局はその問題に向き合っているわけではないので、最後が落ちつきどころのはずなのだが私にはそう感じられず「え、これで終わりですか」てな感じ。ここまでひっぱってきたぐーな映像はなんだったのよ、あと5時間くらいやってけじめつけて欲しいわ。

一応の切り札というのは女性にしかできない「あれ」なんですが、確かに救いにはなるもののあまりにやりかけの問題があるし、これでまとめてしまおうっていうのは無理くりである。この映画のテーマは「死は唐突に訪れる」ということよりも、「死にたくても死ねない、いやでも人生は続く」ということのほうだと思うが、Life goes onとたたみかけるように何度も言葉で出すのは映像ものとして芸がないんではないでしょうか。こういうシンプルな言葉というのは言うべきところでびしっと言わないと伝わらないのだ。黄門様の印籠と同じである。

辛口に書いてしまったがこの映画のみどころは映像・音楽の美しさと、やはり3人の演技バトルでしょう。ベッドルームにいる男女を撮った最初のカットから、光の具合なのか、どうということはない絵なのにきれいだと感じる。この映画は特にきれいなものばかりを撮っているわけではないのに、全体を通して私にはやさぐれ感ある映像が心地よく感じられた(メンフィスとニュー・メキシコで撮影したそう)。音楽もセンスがよく絵に合っていると思う。

そして看板の3人といえば、「ルーシーのパパ(『アイ・アム・サム』)だけではないショーン・ペンはなかなか渋い中年になっているし(マドンナと別れたのは正解だったとなぜかここで納得。二人とも濃過ぎる)、すごい勢いで大物女優になった(らしい)ナオミ・ワッツは演技だけでなく美しいお身体も見せてくれるし、そしてのめりこみ型の「とろ」は…怖いです。全身で狂信的な前科者そのものです。目がとろんとしていて怖いです。せっかく男前なのに次は爽やか系の役をもらったらどうなんでしょうか。余計なお世話ですが。

あらかじめ濃く重たい私たち3人はその後さらに重たいお話をするべく、飲みに行ったが「男社会でうまくやっていくには、時には胸元のあいた服で上目遣いに『なんとかかんとかしてくださる〜』と芸人魂で演技することも(馬鹿みたいだけど)必要」という話があった。私は胸元があいていたり、身体の線が出る服も着たりするけど、それによって会社で男性から違う扱われ方をされるということもない。何を着てても出すオーラが同じじゃないか、という元も子もない問題が私にはあるように思える。

映画の話に戻るが、「21グラム」とは人が死ぬときに失われる重さ、とされている。映画のなかで説明はされないのだが、その人の個性とか一生というものが21グラム程度なんじゃないかと私は思う。一人が死ぬと魂のうちビスケット1枚分くらいのものが死ぬと失われて、あとはその魂が転生するのにもっと重いグラムが次の人に受け継がれていくんじゃないかしらね。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索