わたしという本

2006年6月20日
人生を本に喩えるなら、自分と直接のつながりのある人・ない人それぞれにページが着実にめくられていっているように思えるのに、自分の本はページがなかなか先へ進まない気がする。先へ先へとページを繰ることにしたと思ったのに、これがわたしの自然な流れなのか、それとも文鎮置いたのか。いずれにせよときにはこういうことで頓服したりするのもじじつ。

「ダンス」という自由を与えられたときに、自分の身体のしなやかさをブロックしているのは自分。解放されたがっているのも、解放させてないのも自分。なぜだ。

ひとりでやらねば…って力まなくてもいいのかもしれない。大体ひとりで何でもできないし。受けとるものは受けとって、もっとゆだねちゃってもいいのかもしれない。

なんて頭でわかったところで、やっぱりなんだかんだ怖かったりもしてるんだろうな。かんがえすぎかんがえすぎ。

若い頃より選択肢や可能性がせばめられてくるということは、楽でもある。でも、許されるならば、ページをめくるとプラスの方向に思いがけないこともあるとも信じていたい。

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