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2006年7月19日
アイデンティティ。「自我同一性」とも言う。しかし日本語にしたところでなんじゃこりゃ? 非力な教師のはしくれとしては授業でつっこまれたくない、厄介なトピックでもある。

でも、自身の生の流れの解釈としては、「アイデンティティ」ってひょっとしてこういうこと?と思えるようになった。何年か前、30代後半の頃だったと思う。

それまでの自分の体験が色も形も大きさも材質もさまざまなビーズだとすると、それらのビーズが糸を通してひとつのネックレスとしてつながるという感じ。そんな「アイデンティティの確立」のイメージを得たとき、人にはうまく言葉で説明できないものの、今までつなげてきたビーズをかえりみて「ああー」とすごく納得できたのだった。その感覚が、自分の生を自分の選択だと受け入れること、コミットすることにつながったのではないかと思う。まあそれでもじたばたするのは止められないが。

生の終わりにそのネックレスは完成するのだろう。いろんなビーズの寄せ集めである、そのネックレスはむちゃくちゃなデザインに見えるだろうけれど、私自身には「すごく私らしい」感じがするのではないかしら。

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