ムーブメントのクラスへ行く。こういう純な時間がふと入るとなんちゅーか切ない。それは今の生活で抑えている自分の根っこみたいな部分に触れるからだ。よくも悪くも考えないで済んでいることが、くいっとひっぱり出されることがある。このクラスは難しく美しく、ちょっとこわい。

私はいつでもどこでもそっけない人なので、このクラスでもそそくさと帰る。限りなく好感をもってるんだけど、(まぁ前より緊張はとけましたが)そんでも交わらない、ていうか交われない。そんなしょうもない私だし↑みたいな要素さもあるんだけど、この時間があると、芯が通るというか、自分がまとまるような感じがします。

私がしたいことがここにあるからかな。振りを踊ることよりも、動ける身体、自然に奏でられる身体になること。どこの誰でもない、無名の動けるカラダになりたい。

前回と同じくコンタクトインプロ。まずふたり一組になってひとりが相手を導いて動かす、というのをやる。ひとりが止まって、もうひとりがその相手と(触れずに)関わって動く、というのをやる。

前者は相手が触れている手なり腕なり、身体から伝わる動きのベクトルのメッセージを感じて動くのがミソ(だと思う)。でも人によっては相手のメッセージを聞かずに、自分で動いたりしてしまう。先週組んだ人は割とそういうタイプで、ちょっと一人相撲というかそうなるとかなしいものがあります。ふたりでいるのに断絶している。

後者のワークは具体的には止まっている人の身体がつくる空間にからむわけだけど、相手のかたちにとらわれ過ぎてもやはり一方通行的なコンタクトになってしまう気がする…とか頭ではあとから思ってもその場ではやはり呑まれてしまうんだけど。

↑の発展型で、架空の「相手がポーズをとっている」つもりでひとりで動くというのをやる。ひとりのアダージオ。これは自分でやっていても、人のを見ていてもぐっとくるものがあった。

対象との関わりが、インターアクションになるときっとおもしろくうつくしいのでしょう。対話。あるいは他愛ないおしゃべりみたいなダンス。相手に対して開きつつ、自分の野望も達成するという…それができると楽しいね。

あぁしかし、自分の枠から飛び出してみるということ、ここは舞台でもなく失敗していい場なのになかなかそれができない。自分のひきだしが少ない!はみ出したい。

動きまくって(てか、動けてないけど)あちこち痛い。でもどれも「もう一度やらせて」と思ってた。おそろしくためになるクラス。

ここに来てそして帰ると、どちらの世界でも私はひとり、と思う。結局はひとりのたたかい。自分がお役目終えて、天上(だか下だか)に行ったとき「どうだった?」と訊かれたなら「よくわかんなかった」と答えるだろう。battlefield,everywhere.

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