WSへ。スタジオが三田にあり、東京タワーが大きく見える。講師が(そういえば思い出したけど)舞踏バックグラウンドの方。歩く、しゃがむ、といったシンプルな動きに加えて「感情の記号化」を含む振りを渡される。「感情の記号化」ていうのは、感情を一瞬のムーブメントと表情、発話のなかに凝縮させて閉じ込める、まさに記号化。非常口の標識みたいに意味がグラフィックになるプロセスで無駄なものが削ぎ落とされる。が、ここでは意味を強めるというより、そこで抽象的な方向にも変換されてる感じがした。

で、いきなりこれを「一人ずつやってみて」と(ここで初参加という女性が早くも一人帰ったのが気になる。考えていたのと違ったのかしら)。発話(音を出す)ところは各自が自由にやってよくて、「ひゃらん」「ぼっ」「みゅー」とかそれぞれ好きに言って動きます。やってるほうは大真面目、でも見てるとオカシイ。擬音なら何でもよいかというとそうではなくて「じゃーじゃー」だと意味に近すぎるからよくないんだそう。何を言おうとしてるのかわからない、意味の一歩手前なところが素敵、ということです。

この発話の部分をさらに広げて、グループでインプロってみる。それぞれかけ合うわけ。続けて言葉バージョンのエチュード。例えば「子犬のワルツ~/おかえり/瓶詰めケチャップ!/継続は力なり/汚い、床が汚い/ロンドンに行きたいなー」というように互いの言うことを関係づけないまま、機関銃のごとく単語なり文章をぶっ放しつつ動きもつける、というもの。

発話も言葉のぶっ放しも始めは「えー」とか思っていたんですが、やってみたら結構はまった。私はダンスでしゃべるの好きじゃない派だけど、こういう意味レスなのは面白いと思った。連射するのはなかなか難しいけれども、好きだなこういうの。

クラスの名前が「コンポジション」であるように、後半は「組み合わせる」。私は連続WSの途中に単発参加だけど、もう回を追っているから今日はいきなり創作になってるらしい。頭をひねって短い流れをつくりましたが、良くも悪くもわかりやすくつくってしまった感あり。コメントをくれた人が「伝わっている。物語は見えるが、もっと謎めいたものを育ててもよかったのでは」との旨おっしゃっていたが、それはそうなのだ。見えやすくはあったけど、目指す方向としてはちょと違っていたかも。記号化するに、たとえば恐怖とか痛みというものをすぐその岸によせないで、もっと曖昧に漂わせたほうがよかったのだと思う。みみみデコンポジション。

みなさん動きがきれい。舞踏らしい、すっとしたたたずまい。舞踏を観るのは好きだけど、自分の志向としてはあまりないので、身体とか動きとか、質的に違うものがあったんでは自分、とか思う。面白かったけど、こういうのは身体よりむしろ頭を使う。

その後カレンダーを探して三千里、渋谷で目当ての品があっけなく見つかった。昨日ネットで見ても売り切れていたので、焦って柄にもなくオークションにまで手を出す始末(入札できなかったけど、オークションってやっぱり好きじゃないのでかえってよかった…)。大いにほっとする。これがないと一年を送れない、そのカレンダーは「犬川柳 卓上版 日本の犬編」。なんかこういうふうにスペシャル感もないまま休暇を消化しています。

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