「内輪感を見せない」
2011年5月3日 ダンスもの引く手あまたの演出・振付家O氏のWSへ。ワークショップを満員御礼にする人と言ったらこの人か近藤良平氏(コンドルズ)くらいではないですか。
で打ち切っても定員を大幅に上回り、しかも「ダンスも芝居もバッチリです!」なイキのいい若い人多数。んな中にへなちょこな私とか。
O氏はまずもってすごく賢い人だなぁ、という印象。何をどう見せたいか、そのために何が必要であるかを明確に定義としてもっている。というのはプロなら当然なのかもしれないが、それをワークショップで参加者に明瞭に伝え(られ)る人というのは案外、多くない気がする。90分というWSとしては長くない時間だったのだが、みっちりと。この大人数をさばくことさばくこと。時間を1分も無駄にしておらず、そして前述のパワフルな参加者の熱気もあってわたしゃいっぱいいっぱいでした。
マニアックな(笑)ダメ出しは「そんなの急にできない」とか「そんな微妙なこと素人にできない」とゆう話は別として、すごく納得できる説明だったしとても勉強になった。
以下メモ:
●「歩く⇒止まる」「走る⇒止まる」「歩く⇒ゆっくり歩く」といった「動作の切換」をはっきりやること。
これは「言うのは簡単」というもので自分がやってみるとやはりぶれたり、集団のなかで遅れたりする。(また、「等速で動く」というのも難しい)
●「なかなかできないと思う」とO氏は言っていた。自分が「できてる」のか「できてない」のかを意識することが大事だそう。「できてない」と気づけていることは直そうとできるから。
●これ↑は強く言っていた。「できてる/できてない」をはっきりさせないと、いつまでも、できた気になってるだけだと。いや、ほんとにそうです。私は「できたことにしたい」人なので、耳が痛いですがすごくそうです。
前から思っているが、マイムの人の尺度はダンサーに比べてすごく厳しい。彼が動きを「止める」というのは「本当にぶれなく完璧にその場で止まる」という域でしかあり得ないのだと思う(できるようになるまで何万回も練習するんだと思う…)。
●「出会った人と握手する」ワークで、「握手する」という決めごとをおざなりにやらない、動きで流さない。日常生活の動きを作品に取り入れることの難しさはこういうとこにもある。日常ではいきなり会う人とぶっきらぼーに手を出したりしないでしょう。
##「内輪(うちわ)感を見せない」面白い!すごくよくわかる。ワークにおいても、そういうルールなんだな、と見ている人に思わせないように、「間(ま)」をとってレスポンスするとか。決めごとの実行に終わらせず、その場で感覚を総動員させてフレッシュなシーンにする。
「メソッドに見せない」ということだと思う。内輪感、とは言い得て妙。しかけを見せてはつまらない。
さてMAX疲れたのですが「祝日だからやってるかなー」と思いつつその後、舞踏のレッスンへ。それは別項。
で打ち切っても定員を大幅に上回り、しかも「ダンスも芝居もバッチリです!」なイキのいい若い人多数。んな中にへなちょこな私とか。
O氏はまずもってすごく賢い人だなぁ、という印象。何をどう見せたいか、そのために何が必要であるかを明確に定義としてもっている。というのはプロなら当然なのかもしれないが、それをワークショップで参加者に明瞭に伝え(られ)る人というのは案外、多くない気がする。90分というWSとしては長くない時間だったのだが、みっちりと。この大人数をさばくことさばくこと。時間を1分も無駄にしておらず、そして前述のパワフルな参加者の熱気もあってわたしゃいっぱいいっぱいでした。
マニアックな(笑)ダメ出しは「そんなの急にできない」とか「そんな微妙なこと素人にできない」とゆう話は別として、すごく納得できる説明だったしとても勉強になった。
以下メモ:
●「歩く⇒止まる」「走る⇒止まる」「歩く⇒ゆっくり歩く」といった「動作の切換」をはっきりやること。
これは「言うのは簡単」というもので自分がやってみるとやはりぶれたり、集団のなかで遅れたりする。(また、「等速で動く」というのも難しい)
●「なかなかできないと思う」とO氏は言っていた。自分が「できてる」のか「できてない」のかを意識することが大事だそう。「できてない」と気づけていることは直そうとできるから。
●これ↑は強く言っていた。「できてる/できてない」をはっきりさせないと、いつまでも、できた気になってるだけだと。いや、ほんとにそうです。私は「できたことにしたい」人なので、耳が痛いですがすごくそうです。
前から思っているが、マイムの人の尺度はダンサーに比べてすごく厳しい。彼が動きを「止める」というのは「本当にぶれなく完璧にその場で止まる」という域でしかあり得ないのだと思う(できるようになるまで何万回も練習するんだと思う…)。
●「出会った人と握手する」ワークで、「握手する」という決めごとをおざなりにやらない、動きで流さない。日常生活の動きを作品に取り入れることの難しさはこういうとこにもある。日常ではいきなり会う人とぶっきらぼーに手を出したりしないでしょう。
##「内輪(うちわ)感を見せない」面白い!すごくよくわかる。ワークにおいても、そういうルールなんだな、と見ている人に思わせないように、「間(ま)」をとってレスポンスするとか。決めごとの実行に終わらせず、その場で感覚を総動員させてフレッシュなシーンにする。
「メソッドに見せない」ということだと思う。内輪感、とは言い得て妙。しかけを見せてはつまらない。
さてMAX疲れたのですが「祝日だからやってるかなー」と思いつつその後、舞踏のレッスンへ。それは別項。
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