身体の声を聴く (ダンスセラピー その1)
2005年8月5日 旅行二泊三日のダンスセラピー夏合宿に行ってきた。以前、数年間にわたって東京で月いちのセッションや、例年の夏合宿に参加していたが、今回はほぼ3年ぶり。
「ダンスセラピー」とは「身体を使ったさまざまなワークを行うことにより、(日常で気づきにくい)自分の身体や感情に気づく」というもの(スイカの体験的解釈;ぐぐればより詳しい説明がでてくるでしょう)。
「ダンス」と名がついていても、うまく踊れたり動けたりしなければならないわけではまったくない。ダンス経験の有無を問わず、誰でも参加できる。ダンスのテクニックを磨く場ではないのだが、身体の深い感覚やイメージを扱うので、表現力を養うのに役立つこともあるだろう。自分自身の「身体の声を聴く」ことで、思いがけなく問題の解決に至る糸口(そのときはそうと気づかなくても)がつかめたりもする。難しいことをするわけではないが、身体を通して刺激がダイレクトに与えられることがままあるので、信頼できるセラピストがいて、その人が場を守ってくれるという安心感がこうしたボディワークにおいてはとりわけ大事、と私は思います。
言葉だけでなく身体を使うダンスセラピーは人によって相性もあるだろうが、7、8年前だったか私はおっかなびっくり参加してみたら…すごく自分に合っていることがわかった。身体を通して見えてくる自分というのは、受け取らないわけにいかない。私にとってダンスセラピーは長いあいだ置き去りにしていた自分と出会い直し、和解するという大きな変化を、何年かかけておし進める助けとなってくれたものだと思う。
今回の夏合宿も例年通り長野の山中、ごはんがおいしい某センターで行われた。緑が多いせいか、べたつくような暑さではないし、夜はかなり涼しくなる。参加者は二十人ちょっと、ほとんどが女性(「ワークショップ」なるものどうしても女性が多い。いつも思うけど、男性はどこで何をしているのかな)。
一日目は午後から、シェアリングしてそのときの気分の絵を描き、エンジェルカードをひく(後述)。みなの話を聴きながら、なぜか私は「言葉が重い」という気がしてならなかった。だからこそ何も考えず身体を動かしたかったのだが、夕食後のセッション―振り子になって他の人の動きに合わせるなど、ゆるやかなペースで身体を使うもの―はなんだか集中できず、入りこめなかった。つまらない。他の人は楽しそうなのに、気持ちが上がらない。来るべきじゃなかったのかな、やはり通り過ぎた場所だったのかな。動けない…というのは私にはショック。
言葉は重く、自分も重い。思っているよりダウンしているのかな…と思う。(続く)
「ダンスセラピー」とは「身体を使ったさまざまなワークを行うことにより、(日常で気づきにくい)自分の身体や感情に気づく」というもの(スイカの体験的解釈;ぐぐればより詳しい説明がでてくるでしょう)。
「ダンス」と名がついていても、うまく踊れたり動けたりしなければならないわけではまったくない。ダンス経験の有無を問わず、誰でも参加できる。ダンスのテクニックを磨く場ではないのだが、身体の深い感覚やイメージを扱うので、表現力を養うのに役立つこともあるだろう。自分自身の「身体の声を聴く」ことで、思いがけなく問題の解決に至る糸口(そのときはそうと気づかなくても)がつかめたりもする。難しいことをするわけではないが、身体を通して刺激がダイレクトに与えられることがままあるので、信頼できるセラピストがいて、その人が場を守ってくれるという安心感がこうしたボディワークにおいてはとりわけ大事、と私は思います。
言葉だけでなく身体を使うダンスセラピーは人によって相性もあるだろうが、7、8年前だったか私はおっかなびっくり参加してみたら…すごく自分に合っていることがわかった。身体を通して見えてくる自分というのは、受け取らないわけにいかない。私にとってダンスセラピーは長いあいだ置き去りにしていた自分と出会い直し、和解するという大きな変化を、何年かかけておし進める助けとなってくれたものだと思う。
今回の夏合宿も例年通り長野の山中、ごはんがおいしい某センターで行われた。緑が多いせいか、べたつくような暑さではないし、夜はかなり涼しくなる。参加者は二十人ちょっと、ほとんどが女性(「ワークショップ」なるものどうしても女性が多い。いつも思うけど、男性はどこで何をしているのかな)。
一日目は午後から、シェアリングしてそのときの気分の絵を描き、エンジェルカードをひく(後述)。みなの話を聴きながら、なぜか私は「言葉が重い」という気がしてならなかった。だからこそ何も考えず身体を動かしたかったのだが、夕食後のセッション―振り子になって他の人の動きに合わせるなど、ゆるやかなペースで身体を使うもの―はなんだか集中できず、入りこめなかった。つまらない。他の人は楽しそうなのに、気持ちが上がらない。来るべきじゃなかったのかな、やはり通り過ぎた場所だったのかな。動けない…というのは私にはショック。
言葉は重く、自分も重い。思っているよりダウンしているのかな…と思う。(続く)
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