かえりみる

2012年12月23日 ダンスもの
公演で、舞踏家の身体を見ながら自分の身体について考えていた。動きたくなるのだろうか、動くためのエネルギーが出てくるのだろうか。

積み上げ

2012年12月10日 ダンスもの
どうするか?考えることじゃないような気がする。“なるようになる”

胸は高く

2012年12月8日 ダンスもの
胸が上に上がると、高層ビルから夜景を臨んでいるような気持ちになる。
えいっと思いきって久しぶりにブトー稽古へ。即興しながら「わたしが踊る場所はどこなんだろう」とおもったり。おうちがない、ていうのと似てるな。みにくいアヒルの子みたい。冬の旅。
わかるにはまだきっと修行が足らないが、ちょっとは愛でられたかもしれない。
月曜のレッスンも今月でクローズしてしまうそうだ(ただし別スタジオではある)。今日も休講、先週はとうとう1度も身体動かしてないし、思いついて某有名スタジオへ行ってみる。「この人ならいいかも」と思ったのだが、振りをとにかくやるばっかりで自分としては楽しくなかった。でもいわゆるダンスのレッスンってこれに近いか、こういうものなのかもしれない。

私自身が「振りを踊る」ことそのものに昔ほど楽しさを感じなくなってるから、どうしたらいいかな。ただやみくもに踊るんじゃなくて、それ以上に身体のつくりかた・使いかたを教えてほしいと思っている。

いろんなことが変わるんだな。変わっていく、だけど「変えなきゃいけない」じゃないような気がする。流れを見て、自分に合うものを落ち着いて選んでいけばいいのではないだろうか。無理に変える、ことではないような気がします。
舞踏界の2大巨頭がコラボした。これは行かねば。会場は立ち見も出る超満員。

音楽ハデだなー、と思ったら第九の1~4楽章を通して使っているのだとか。鋳体の方々ががしがし踊っているのが面白かったり、オイリュトミーの人々がやっぱり天上人のように美しかったり。「事件」ともいえるイベントだけど笑いもおきて、アフタートーク含め案外に肩肘はらずに楽しめる公演でした。
イスラエル・ダンス・ウィークな週末。同国の2大ダンス・カンパニーを続けて観ることに。

冒頭のゆる~い漫談(「僕のゾウがどっかに行っちゃった」とか、あれは何だったんだ?)で期待が高まったところで、アメリカのカンパニー(ピロボラス)とのコラボレーションから生まれた「ラッシュ」。

色を抑えた美術、輪に置かれた椅子にはどこか奇妙な人々に奇妙なムーブメント。コミカルでもしっかり身体を使った動きに見とれてしまう。ダンサーたちは何客もの椅子を巧みに素早く動かしては、次々に舞台の表情を変えていく。アニメーション(ペーター・スラツカ)が映し出されたりの趣向もあり、楽しい!かと思うと、女性ダンサーを肩にかついだ男性が歩む道を次々につくっていく終盤の場面には、「旅の終わり」「終着点」を思わせまた違うトーンを見せた。

休憩をはさんで「ボンビックス モリ」。タイトルは蚕(カイコ)のことだそう。全編に蚕が吐き出す“糸”がモチーフとして多用されている。糸でぐるぐる巻きにされ標本のように留められたり、糸で操られるたり、糸を操ったり、糸の格子に閉じ込められ、もがいたり…。また音の糸=弦楽曲もイメージを重ねて強くする。

さらに連想される繭、幼虫、変身のイメージ。だぶついた皮のような衣装を脱がされて、ダンサーの素足があらわになる、短いシーンだが人の身体って生き生きとしてきれいと思った。

ここがこうでああでこうなって、だからこうしてこうなって…とすっきりわかる、というのではないけれど、私はこういう“何だかよくわからないけど強いイメージや物語の断片”をお持ち帰りできる創作物が大好き。

わかりやすくはないかもしれないけれども…私はこういう作品こそ学校で子どもに、若い人に観てほしいと思った(あまりこういうこといつも考えないけど。学校でダンスやらされてるような子に)。想像力が掻き立てられること!

ダンスを観るって…動きを観たいのではない。動くことで“何か”を見せてほしい、感じさせてほしいのだと改めて思った。(昨日のバットシェバは自分にとってはそれがなかった)。

大好きカンパニーかどうかもまだよくわからないが、わからなさが残るところがいい。観終わってイメージが残るところが気になる。今日、観た強くて変てこりんな画や人々や動きが自分の記憶に蓄積されることを願う。次回、来日しても必ず観に行くと思う、インバルピント。
SADEHはヘブライ語で「フィールド」。シンプルで実のある動き。計算された衣装に照明。洗練されたパフォーマンス、と思ったが私にはがつんと来なかった。はまり過ぎなのかな。音もそうだけどすべてがきれいに通り過ぎるのね。

勇んでチケットとったものの、昨夜から超ダウナーになっちまったので、そもそもの話天気悪いなか「彩の国さいたま」まで出かけるのがしんどくてたまらんかった。よく行ってきた自分。祝日ゆえ今日は診察がなく、自分持て余し思いきって医師にメール。状況を文章に書いたことでちょっと落ち着いたが、返信も頂いた。返信に引用された自分の文面読むとぎゅうぎゅうに切羽詰ってて…それなのに折り返してくださるとは本当にありがたいです。
1)両耳たぶのつけねを下から上へ、閉じるようにひっぱる(3分)。
2)両耳の穴に指を入れ、真横へひっぱり、さらに前へひっぱる(1分)。

↑耳からグラウンディングの術。足裏の感覚が強くなる(しっかり床を押せるように)。

前からヨガを習ってみたいと思っており、手始めに近所のヨガ教室へ行った。と書くと簡単だが、いつも書いてるようにチキンなので新しい場所にずんずんと入っていける質でもなく、相変わらず今日も直前まで「やっぱ止めようか」とぐるぐる。

なんか唱えてた(マントラ?)。唱えるとどうなるのだろうか。いろんなポーズをとってみる。汗をかく、ほどじゃないけどピンポイントで身体にきく感じ。きちんとできていれば胸が開いてきそう(肩甲骨の下側をきゅっと寄せる)。ポーズに名前がついているけどいろいろ意味が深くあるんだろうなぁ、と想像する。おそらく目指すところは、ふだん自分が行ってるコンディショニングのレッスンとそう違わないのでは。ちゃんと身体や呼吸に意識をもって続ければ、よき効果がありそう、と思った。そして自分がヨガデビューに際し買った安いヨガマットは若干すべる、ということも知った。

ばったり

2012年11月19日 ダンスもの
レッスン行く前に寄ったドトールで、古いダンス友とばったり会った。年は近いがすごく気が合うかというとそうではなくむしろ逆だけど(ごめんよ)、不思議とこの人とは街中で偶然、ということが何度もある。お互い志向が異なり、共にレッスン受けることはなくなったけど、聞けば今も精力的にダンス続けているとか。年末に発表会もあるそうだ。彼女の偉いところは、タフでへこたれないところ。そしてちゃんと舞台に出てるところ。久しぶりに話すとやっぱり疲れてくるんだけど(ごめんね)、そこは感心するよなぁ、と思った。私もがんばろう。「何かがある」先生のレッスン受けると、気持ちいいプラス幸福感があると彼女は言ってた。幸福感かぁ。私は何かな…。

それから行ったレッスンで。5番は「2枚の板を合わせるかのごとく」すきまなくぴちっと両脚が重なっていないといけないんだって(邪魔なのは「余分な筋肉か脂肪」だそうです)。「もう変わらない、と思ってはだめ。イメージトレーニングするだけでも違う」と先生はおっしゃった。確か、図書館にギエムの写真集あった。借りてこようと思います。
BMレッスン。ゆっくりできました(^-^)。動物の話もたくさん。
長く続いたレッスンが今日でクローズ。で、スタジオへ。とはいえ平常心、いつもどおりのレッスンでした。場所を変えてまた!
ご無沙汰しておりました、ブトー稽古。行けてよかった!

成長

2012年10月27日 ダンスもの
BMレッスンにて。

今、人生最大級の行き詰まり。頭は同じ苦しい考えをずっと繰り返している。もう本当に出口が行き場が見出だせない。何も手が打ちようにないと思う。

でも身体はすごくいい方向に変わってきているんだそうだ。解放(開放)するほうへ。これくらい大きく変化していると、人によってはすごく眠くなったりするらしい。

私にとってこの変化は大きい。昔、拒食してた頃、私は頭で身体をぎゅうぎゅうに押さえつけていた。意志で身体の自然な欲求や、なまの部分を殺していた。いま身体が頭の言いなりになってしまったら、きっと生きていられない。そうでなく、身体が勝手に(自立して?)変化と成長の道を選んでいるというのは―私にとって今まで経験したことのない、驚くべき変化だ。文字通り八方ふさがり、スタックしてて何も良いしるしが見つけられないでいるとき、自分のなかでひとつでもよい方向に変化してることがあると知って、心からほっとした。

三題 +α

2012年10月25日 ダンスもの
「全ての女性シンガーソングライターは不思議ちゃんである」と誰かが言ってた。「全ての女性ダンサーは不思議ちゃんである」と思えてくる日。「不思議ちゃんness」がないと踊れないわけではない。
**
ダンサーにとってあたりまえ(の感覚)であることが、ふつうの人にとってもそうであるとは限らない。そういうのを「あたりまえ」と思わないほうがいいんじゃないか。なにごとも新しく、なにごとも疑ってみる。
**
最中にいろんな視点(perspective)をとろうとする。が、なかなか難しい。インプロの型を決めない。
**

生きづらいよのなか。
レッスン休講。先生が、です。時たまこういうことある。電車に乗ったところでメールを受け取り、引き返す。

重み

2012年10月20日 ダンスもの
ひさびさコンタクトWS。人の重さを感じ…られたでしょうか。シンプルなことだが身体にシンプルに向かうのがむずかしい。やっぱりこうゆうことは定期的にやらないとだなぁ。くったりと気持ちよく疲れた。
身体をつくるとか、立ち方、関わり方。なんにせよ確実に何かを渡してくれるレッスンはいい。というか私はそういうところでないと続けて通わない。

●もう一息、腰が入るといい(いわゆる「反り腰」にするために)→猫のポーズで背中(腰)を丸める⇔反らせる練習を。腰を柔らかくしましょう。

●ルルヴェは足の甲を前に押し出す力で立つ!(目からウロコ。こうするとすねの力に頼りすぎないで立てる。かかとも上がり過ぎなくていい。「かかとが上がり過ぎる」っていう発想自体がなかったわ…)
即興はその場でつくってる、はず。ですが私は「インプロ用」踊りを使いまわしていただけ、という衝撃的な事実に気づいた夜のスタジオ。つまりワンパターン、近眼的にやってたな。どこかでやってうまくいったりほめられたりすると、ずっとそればっかりやってたりするわけだ。

インプロに正解なし。何やってもいいのだ。可能性は無限大にある。

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