つかれた

2005年9月18日 疲労もの
今朝みた夢で私は母と祖母に「外へ行ってくる」と言い捨てて出て行こうとしている。大学4年のときに私は情緒不安定で、自室で物を投げたり、いらいらしてどうしようもないときはこのように外へ煙草をすいに行ったりしていた。夢のなかの「何をしてもこの息苦しさをどうすることもできない」という閉塞感があまりにリアルだった。

その続きで、ひとりで出たはずなのに妹一家や両親がついてきてどこか遊びに行くことになっている。電車の窓から遠くに見える海が青くきれいで、「ずっと前からああいうところに行きたいと思っているのに行ってない。そろそろ行かなくてはいけないのでは」と私は思っている。

場面が変わって私は高校時代の同級生ふたりと、知らない男性とテーブルについている。ふたりはいいとこの奥様風で(現実でもそう)、「○○さんは保険が満期になったのに、入院しちゃった」などいかにもその世代の会話をしていて、私は歳相応の経験や(精神的にも物的にも)財産がないことに気づかされひけめに思う。同席している男性はさえない、ぼさっとした感じの知らない人。同級生ふたりはその人と私との関係を知りたがるが、その男性が「よく知らないで来ただけ」みたいな、デリカシーに欠ける言い方をするのでさらに落ちこむ。

この夢の閉塞感といい、自分の境遇のしょぼさといい、現実をみせられているようで覚めてからもかなり気持ちがさがる。

夕方、うつ友が忙しいなか訪れてくれた。私は食物やプレゼントのみならず、お手当てまでしてもらった。してもらうばっかり。感謝…。嬉しかったのは、セージをたいてくれたこと。こういうことをしたかったの。私はやはりこの部屋が好きでずっといたかったので、別れが悲しい。ここは、これまたここにいないうつ友と選んだ場所でもあるし、そこを失うとは一体どういうことなのだろう。

がんばっているのだとしても無駄なような気がするし、何にがんばればいいのかわからない。なんかもう、こういうひとりのがんばりかたがいやだ。「生きることに意味などない」と受け入れられるときもあれば、「自分が生きていることが、自分にとって意味がない」ということに耐えられないときがある。

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